大判例

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大阪高等裁判所 昭和43年(ネ)1941号 判決

控訴人

李竜大

代理人

仲武

被控訴人

戸田駒次

代理人

赤木章生

赤木文生

主文

原判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じてこれを三分し、その一を被控訴人の負担、その余を控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、主文第一、二項と同旨および「訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実に関する主張および証拠の提出援用認否は、次のとおり付加訂正するほか、原判決事実摘示と同一(但し、〈略〉を付加)であるから、これを引用する。

(控訴代理人の主張)

一、原判決末尾添付目録記載の本件土地がもと被控訴人の所有であつたことは否認する。すなわち、本件土地は、もと所有者の東野林右門から田中己代三が直接買受けたもので、被控訴人が買受けたのではない。この点に関し、控訴人が原告第三回口頭弁論期日において答弁書の陳述によりなした自白は、真実に反し、かつ錯誤に出たものであるから撤回する。

二、権九示が所有権を取得した経過は次のとおりである。すなわち、右田中は、同人が代表取締役をしていた富士産業株式会社が大阪相互銀行等に対して負担していた債務の弁済およびそのために必要な本件土地の売却等の代理を安東治こと権鍾守に委任した。権鍾守は、右委任の趣旨に従い、昭和三六年一一月一〇日、田中の代理人として、同相互銀行等に対し富士産業の債務約一、〇〇〇万円を立替えて弁済し、本件土地の抵当権等の抹消を受けたうえ、田中から本件土地を権鍾守自身が右立替弁済金と同額の代金で買受けることにより、田中との関係を決済し、同日本件土地を権九示に譲渡して、中間省略により田中から権九示への所有権移転登記を経由したものである。なお、田中から権鍾守に対する右代理権の授与は、訴外和田および同西山を使者または代理人としてなされた。

三、かりに、訴外東野から本件土地を買受けたのが被控訴人であつたとしても、被控訴人は登記を経ていないから、その所有権取得をもつて控訴人に対抗できない。また、田中己代三の名義に、信託登記ではなしに、単純な所有権移転登記をしているのであつて、被控訴人は、虚偽表示の法理により、善意の第三者である控訴人に対抗できない。

四、かりに、本件土地が被控訴人の所有であつたとしても、本件土地については、登記簿上、権九示、山崎正行、控訴人らを経て、最終的には井川隆名義に所有権移転登記がなされているところ、被控訴人は、昭和四三年三月九日頃、右井川に対し、本件土地を代金三、〇二九、四〇〇円で売渡して同人から右代金を受領したから、これによつて、控訴人らを経由して右井川に至るまでの所有権移転行為をすべて追認したものというべきであるし、少くとも、右売買により被控訴人が本件土地の所有権を失つたことは明白であるから、所有権に基づく被控訴人の請求は失当である。

(被控訴代理人の主張)

一、本件土地がもと被控訴人の所有であつたことに関する控訴人の自白の撤回には異議がある。

二、被控訴人は、昭和三六年五月一九日本件土地のもと所有者である訴外東野林右門との間で、その売買契約を締結したもので(昭和四五年六月一五日付準備書面に「五月二九日」、「東野林次」とあるのは、同引用の甲第五号証と照らし誤記と認める)、代金は約定の同年六月二九日までに完済し、同日その所有権移転登記を田中己代三名義で受けたものである。

三、右田中が権鍾守に対し控訴人主張の代理権を授与した事実および本件土地が訴外東野から田中、権鍾守、権九示、山崎らを経て控訴人に順次売渡された事実は否認する。

四、田中から権九示への所有権移転登記は、実体上の権利変動を伴わない無効のものであるから、権九示を経て本件土地を譲受けたという控訴人もその所有権を取得することができず、したがって、被控訴人は控訴人に対し登記なくして本件土地の所有権を対抗できるし、虚偽表示を問題にする余地もない。

五、被控訴人が、控訴人主張のとおり、本件土地を井川隆に売渡し、代金を受領したこと、および本件土地が現に同人名義に登記されていることは認める。しかし、不動産登記制度は、できる限り、登記簿と実体上の権利変動を一致させることを理想とするものであるから、被控訴人は控訴人に対して、なお抹消登記請求権を有している。なお、被控訴人は、本訴追行の実益に乏しいと考えたので、原審において訴を取下げたが、控訴人が同意しなかつたため、その効力を生じなかつたものである。

(立証)〈略〉

理由

本件土地につき、訴外東野林右門から訴外田中己代三、同権九示、同山崎正行、控訴人の各名義に順次所有権移転登記がなされたのち、最終的には訴外井川隆名義への所有権移転登記がなされて、現に同訴外人の所有名義となつていること、ならびに被控訴人が昭和四三年三月九日頃同訴外人に対し、本件土地を代金三、〇二九、四〇〇円で売渡してその代金を受領したことは当事者間に争いがない。すると、被控訴人は、たとえその主張のとおり本件土地を訴外東野から買受け、かつこれを権鍾守あるいは権九示に売渡した事実がなかつたとしても、これを右のとおり訴外井川に売渡したことにより、その所有権を失つたものというべく、かつ本件土地がすでに同訴外人の所有名義に登記されているのであるから、被控訴人が同訴外人に対し右売買契約に基づく所有権移転登記義務を履行する前提としての意味において、控訴人に対し控訴人のための所有権移転登記の抹消登記を請求することも許されないものといわねばならない。けだし、訴外井川のための所有権移転登記が、現に同訴外人が本件土地の所有者であるとの真実な権利状態に符合するものである以上、同訴外人の所有権取得に至る過程や態様が登記簿に如実に反映されていなくても(本件では、その間に制限物権の設定等、登記簿上の利害を有する第三者の出現を認めうる資料はない)、右登記は有効たるを失わないのであつて、被控訴人としては、一面では、訴外井川に対し、所有権変動の過程を如実に反映させるとの理由で同訴外人のための所有権移転登記の抹消を求めることができないとともに、その反面として、同訴外人に対する売買契約に基づく所有権移転登記義務はそもそも発生しないか、発生したとしても、すでに履行されたのと同視して、右登記義務を免れたものとみるべきであり、以上のことの結果として、控訴人に対し、控訴人のための所有権移転登記の抹消登記を求める登記請求権もすでに消滅に帰したものと解するのを相当とするからである。

そうすると、控訴人に対し、本件土地の所有権に基づき控訴人のための所有権移転登記の抹消を求める被控訴人の請求は、その余の点につき判断するまでもなく、理由のないものであることが明らかであるから、失当として棄却すべきものであり、これを認容した原判決は取消を免れない。

そこで訴訟費用の負担について判断するに、記録によると、原審係属中に被控訴人が前認定のとおり本件土地を訴外井川に売渡したことにより、被控訴人は本件抹消登記請求権を有しないことが明白となつたことが認められるところ、原告敗訴の場合にも、敗訴の原因が訴訟係属中の権利関係の変動によるときには、訴提起当時の状況からすれば、訴の提起が原告の権利の伸張に必要な場合もありうるのであるから、訴訟費用の負担を定めるにあたつては、右権利関係変動前の状況に基づけば、原告の請求が正当であつたかどうかを考慮してこれを決すべく、もし裁判所がその当否についての判断になお熟していないときには、訴訟に顕われた全資料を顧慮、綜合して、裁判所が公平の見地からの裁量によりこれを定めるのが民事訴訟法第八九条第九〇条の趣旨に合致するものと解せられ、本件にあつては、被控訴人がその主張のとおり訴外東野から本件土地を買受け、主張の理由で田中己代三名義で所有権移転登記を受けた事実は証拠によつて認定できるが、右田中が訴外権鍾守に対して控訴人主張の代理権を授与した事実および同訴外人が控訴人主張のとおりの弁済をした事実については、なお存否いずれとも判断するに熟しておらず(もつとも、これらの事実の立証責任は控訴人が負担し、すでに取調を終つた証拠関係のみからでは、なおその立証があつたとするに足りない)、したがって、訴外井川に対する売渡前の状況における請求の当否についてなお判断に熟さない段階にあつたから、訴訟に顕われた全資料を顧慮、綜合して公平な裁量によつてこれを定めるほかはなく、このことに加えて、被控訴人が昭和四三年六月三日(訴外井川への売渡の約三箇月後)に訴の取下書を提出したが、控訴人は被控訴人から横領、詐欺等の疑で告訴されていたので、取下に同意することが有罪を認めたものと受け取られることをおそれて右訴の取下に同意しない旨の書面を提出し(控訴人としては請求棄却の実体判決を受ける法律上の利益も有している)、これに対して被控訴人は右取下書を提出したのみで、井川への売買によりすでに請求を維持できなくなつているのにその旨を明らかにしなかつたため、被控訴人の請求を認容する原判決が言渡され、控訴人としては控訴を提起するのほかはなくなり、当審において控訴人と訴外井川との間の売買が当事者間に争いのない事実として明らかにされた結果、被控訴人の敗訴が免れ難いものとなつたとの記録上明白な事実を併せ衡量すると、本訴における訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを三分し、その一を被控訴人の負担、その余を控訴人の負担と定めるをもつて相当と認める。

よつて主文のとおり判決する。

(宮川種一郎 林繁 平田浩)

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